執筆者:比留間
普段何気なく口にしている農作物ですが、それらがどのように育っているのか知っている人は少ないのではないでしょうか。このマイシイタケ・プロジェクトの要であるシイタケも、様々な人の想いや工夫によって栽培されています。
今回は、ふぁーむ・わたなべの代表である渡邉俊史さまに、シイタケの栽培方法や、今後の福島のシイタケ業について考えていらっしゃることをお伺いしました。
今回お話を聞いたのはこの方

渡邉 俊史
平成23年より、家業である有限会社M&Aふぁーむ・わたなべに入社し、しいたけ栽培に参画。令和4年、同社代表取締役に就任。夢は福島県を日本一のしいたけ生産・消費地にすること。趣味は旅に出ること、乗り鉄、日本酒&ワイン酒場めぐり、紅茶時間(ティータイムスタイリスト資格取得勉強中)
シイタケ栽培を始めたきっかけについて
福島県の中でも県中地域と、この辺りの阿武隈地域は、椎茸栽培はそれなりに盛んなところだったんです。良質なしいたけの原木となるナラ・シイノキが取れる産地であるのに加え、環境的にも、非常に椎茸栽培に適した土地でした。ということで、昔は木を切ったものに椎茸菌を植えて山の中で栽培をしていました。
うちは元々養蚕業を行っていたんですが、あまり需要がなくなってきたのもあり、養蚕の施設を利用して原木栽培のしいたけを昭和55年、今から43年前に始めました。
元々父が農協職員だったので、農協職員をやりつつ実家で原木栽培をやっていたんですが、平成11年にしいたけ農家を専業でやりたいとなり、ハウスを増設しました。その時期に、今皆さんご覧いただいてる、この菌床栽培っていうものが流行ってきたんですね。

原木を削って機械で固めた状態のものを菌床って言うんですが、原木栽培に比べて椎茸の集約率が多いのと、楽なんですよね。平成13年に菌床栽培に完全に切り替えて、それから3年後の平成16年に会社化しました。
私は、最初は後なんて継ぎたくないと言っていたんですが、震災をきっかけに平成23年にこの三春町に戻ってきました。父の弱弱しい声を聞いて何とかしなければと思ったのもありますし、生まれ育った三春町のためにできることをやりたいと思ったんです。私と同じ年代の東北の農家さんは、そういった方が多いですね。
今は私がシイタケ、父がネギという形で栽培を担当していて、ネギとシイタケを合わせて、今は24名の従業員を雇用させていただいてます。
うちは設備を持っているので1年中シイタケが取れるんですが、一般的にはシイタケ農家さんっていうのは、秋から次の春までしかやることがないんです。エアコンを持っていないシイタケ農家さんも多いので、 だいたい10月の気温が下がってくるぐらいから、シイタケが出始めて、ストーブを焚いて、翌年3~4月ぐらいまでシイタケを取り切るっていうスタイルが一般的なんです。じゃあ夏の間は何をやってるのかっていうと、ピーマンやお米、この辺だと他にきゅうりとか、トマト、ブロッコリーを栽培しています。
菌床をつくる方法について教えてください
これは、シイタケの原料になる“オガ粉”と呼ばれるものです。原料は何の木でもいいってわけじゃなく、ナラの木ないしはシイノキ。うちが使っているのはコナラの木です。
この木は今、群馬県と長野県から持ってきています。このオガ粉を作っているのは群馬県のメーカーなんですけど、そこのメーカーでは、木をベルトコンベア状のものに入れて削ってくれるんですね。で、それをトラックに満載に詰め込んで、ここにざっと落とし込んで、 これをこの中(ふぁーむ・わたなべ)の工場の中に入れてしっかりと撹拌するんですね。

震災前は、この木は都路村っていうところから買っていました。阿武隈山系の木っていうのは、昔わざわざ大分とか長崎からトラックで来て買っていく人もいたぐらい、上質な木だったんですよ。九州の木もいいんですけど、「いや、福島の木じゃなきゃダメなんだ」って言って、もうトラック何十台と連なって買いに来るシイタケ農家さんもいたぐらいだったんですけど、(放射線量が基準値を超えているので)残念ながらそれができなくなっちゃっています。
やっぱりゆくゆくはね、地元の木を使ってなんぼだと思っています。うちで作ったしいたけって、福島県産にはなっていますけども、木は群馬県産のものを使っているというのでは、ほんとにそれ福島県産なんですかってことになっちゃいますから。やっぱり地元の木を使って出てきたしいたけで、もっと胸を張って「福島県産だよ」って言いたいっていうのが、私の今の夢です。
次に工場の中をご案内しますね。

まず、この緑色の機械、これはミキサーと呼ばれるものです。ここにオガ粉を投入しまして、中で撹拌、ミキシングを行います。オガ粉と水と、それから、“ふすま”って呼ばれる炭水化物やたんぱく質といった栄養をたくさん含んだ小麦の殻が入っています。他にも米ぬかやリンゴの皮など、農家さんによって入れる栄養素はそれぞれですね。
あとは福島県の決まりとして、“ゼオライト”っていうものを入れる必要があります。ゼオライトというのは、元々土壌改良剤だったんですが、軽微粉で測ると金平糖みたいになってるんですね。なので、ゼオライトを混ぜ込むことによって、いわゆる放射性物質、セシウムがゼオライトにくっついてシイタケへの移行を防ぐということで、安全性を高めるために入れています。
このゼオライトに関しては、シイタケ以外にも、他の畑にも混ぜなさいっていう話はあがっているんですが、その必要性というのはかなり疑問視されています。シイタケの協議会という、生産者の集まりがあって、そこで震災から12年も経ったしいい加減にゼオライトの必要性を見直した方がいいんじゃないかってことになったんですが、結局使い続けることになりました。
どうしてかと言うと、やっぱりまだ怖いんです。例えば、万が一、シイタケで基準値を上回るものが出てしまったというときに、農家側でどういう対策を取っていたのか?は追求されますよね。そこでゼオライトを使っていない、となったら、原因が他にあったとしても非難されてしまう。その不安があるので、使い続けています。
他には、うち独自の栄養剤とか添加剤として、“サンライム”っていうものを入れてます。サンライムは、牡蠣の殻を粉末状にしたもので、シイタケが厚さで発酵して酸性になるのをアルカリ性によって防ぐことができます。今は広島の牡蠣を使っているんですが、考えてみれば宮城も牡蠣が美味しいことで有名だと思いまして、一緒に学んでる経営者の皆さんに声をかけて、宮城県産のものを使おうか検討しています。やっぱり東北のものを使いたいっていう気持ちがあるんですよね。

こういった材料をプレスして、タブレット状にしたものを窯に入れて蒸気で11時間蒸します。必要な菌以外の雑菌を滅してしまうのと、さっき話した“ふすま”を煮ることでそこに含まれる糖分を液状にして、オガ粉全体に浸透させています。
窯で炊き上がったものを、摂取室、シイタケ菌を入れる部屋に入れます。この中は現状、社長の私以外立ち入り禁止です。シイタケ菌を入れる作業ってのは大変デリケートで、埃1つでも入ったらいけません。
それから、シイタケ菌を入れる前に食べちゃいけないものが納豆です。納豆って、納豆キナーゼっていう菌で作られるんですけど、納豆キナーゼ菌っていうのは地球上で1番強いんです。パン屋さんも日本酒をつくる杜氏さんも、納豆は絶対にダメだというぐらいなんですよ。

摂取室でできた菌床は、ハウスの中で養生します。これを培養って呼んでいます。主に1次培養と2次培養って呼ばれる工程がありまして、1次培養が菌を植えてからおおむね1ヶ月、2次培養で2か月強かかります。
どのぐらいで椎茸が出るかは品種によるんですが、早いものだと3ヶ月 、一般的には4か月って言われています。
他の農家さんは春にこの菌床を作って、夏の間しっかり椎茸が出る状態になったとしても、エアコンがない限りシイタケは出てこないんですよ。発生温度は一般的に13度~23度って言われているんですが、 23度がずっと続けばいいかっていうとそうでもないんです。夜13度、日中13度が1番理想なんですよね。
ただ、それより暑かったり寒かったりしてしまうと、熱い時期はエアコンで涼しくしてあげて、 逆に冬場はあったかくしてあげてっていうことになるんですが、何が大変かというと、年間の電力費と燃油代です。
実際、去年・一昨年あたりから、一大シイタケ産地のはずの北東北の岩手・秋田の出荷量が少ないんですよ。電気代が高すぎて、みんなストーブを炊かなくなったのでシイタケが減っちゃったんですね。
シイタケがどのようにして菌床から生えてくるのか教えてください
ここでは、菌床全部からシイタケが生える全面栽培っていうやり方を説明させていただきますね。

シイタケって気温差で出てくるんですよ。今年(2023年)は特にずっと暑かったですが、例年だとお盆過ぎあたりから福島県は気温が下がるので、そのタイミングでまず一斉に出たりします。もちろん、品種によって前後してはきます。
ただ、うちの場合は、1年中栽培をしているので、気温の変化だけに任せてたら、シイタケが出なくなっちゃう時もあるんです。その時は、この全面栽培の場合、コンテナに菌床を詰めて浸水っていう作業を行います。
文字通り、水にブクブクブクって沈めるんです。プールに潜って苦しくなったら息継ぎをするのと同じです。シイタケも、一晩水に沈めて引き上げた時には苦しくなって呼吸をし、そのときに酸素を取り込むんですけども、その酸素を取り込んだ元気でシイタケが出てくるんです。特にこうやっていっぱい椎茸が出ちゃうと、椎茸のほとんどが水分なので、菌床の中に水がなくなっちゃうんですね。なので、水を吸収させつつ、「なんだ?おかしい、酸欠だぞ。やばい、死んじゃう!」ってシイタケが感じる時に引き上げるんです。
あとは、こういうこともやります。叩く。

今強く叩きましたけど、これだけで、シイタケの菌糸って呼ばれる菌の糸が、今私が叩いただけでもう数千億、数兆本切れました。
人間が、傷ができるとそれを治そうとするのと一緒です。シイタケ菌も、中でちぎれたところを治そうとして菌が寄ってくるんですよ。その寄ってくるところからシイタケが出てきます。なので、叩いたり、水に沈めたり、あとは今エアコン回っているんですが、菌床がちょっと乾いてきて、喉が渇いてきたなっていう時に、水をシャワーでかけてあげると程よくシイタケが出てきます。
このサイクルを何回繰り返すかっていうと、全面栽培においては、品種によりますが通常の品種だと3回です。ここで育てている品種は、5回ぐらい取れるんです。非常に長持ちしますし、シイタケの質もかなりいいです。いかにもこう、ザ・シイタケっていうような、 しっかりひだがついたようなものが出てきてくれるので、かなり商品価値が高いです。
シイタケの品種には本当に色々あって、シイタケ菌を作っている主なメーカーだけ上げても、8社あるぐらいです。その中でも、やっぱり農家さんによって数で勝負するところもあれば、長く使えるものを好む人もいます。うちもいろんな品種を当て込んで、安定的に栽培をしてます。
今後の福島のシイタケ栽培はどうなっていくとお考えですか?
やっぱり今後大きな問題としては、シイタケ農家さんがどんどん減っていくことですね。これは確実です。まず後継者がいないし、後継者がいたとしても、経費がかかりすぎちゃってやめていく人も多いんですよ。
ただ、なんでかわからないんですが、福島県に限っては、シイタケ栽培を新しく始めたいっていう人が今増えてます。東日本大震災の賠償となる補助事業を使って始める人もいますし、シイタケに興味を持って始めたいと考える若い人も多いと聞きます。

あとは、異業種参入って言うんですけど、他の産業・工業をやってて、空いた倉庫をシイタケとかヒラタケの発生の現場にしたいとかっていう人が増えてるんです。
むしろ、そういった形で異業種の方がシイタケ栽培をやるっていうパターンがこれから増えていくんじゃないかなと思ってますね。純粋な農家がシイタケ栽培をやるのもいいんです。それもそれでいいんですけど、他の産業から入ってくるっていう形も、面白いなと思います。
ユニークな例だと、中通りの南の方に石川町っていうところがあるんですが、そこの野本観光というバス会社がシイタケ栽培を始めたんです。ゆくゆくはシイタケ絡みのバスツアーを考えているっていう話なんですけど、そういうのもありですし、最近だと岩手県の電子部品会社が「工業団地が余っていて、そこでシイタケを栽培したいんだから相談に乗ってくれ」って言ってくることもありました。
どれぐらいの広さか聞いたら4000坪ぐらいあるそうで、「いやいやダメだ、そんなに広かったらライバルになってしまう…」と思いつつ、まあでもいいですよ、いざとなればアドバイスできますよ、って話はしたんですけども(笑)。そういう感じで、他の産業が入ってくるのはね、とてもとても、かえって面白くていいなと思います。
